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【金沢ギャラリー】古都の秋

◇古都・金沢の風景を記録した金沢ギャラリー 秋

金沢ギャラリー・秋

北陸の古都・金沢の秋の風情を満喫してください。

紅葉した風景は町の真中でも心に染みますが、
やがて散り始め、街中が落ち葉の絨毯に埋まってしまいます。
寒々とした都会の町並みは、現代人の空虚な心を現わすようで、
やがては、すべて雪の中に埋没していってしまいます。
市役所に向かって走っています。

右手は当時の県庁
金沢のまん真中には、旧加賀藩の藩校がありました。
市役所から中央公園に向かう

椿に落ち葉が
その藩校は、明治になり五木寛之などを輩出した旧四高が設立されました。
現在その地は中央公園となって市民の憩いの場となっています。
公園の周りをグルリと撮ってみました。
落ち葉ひろい  ミレー

ちょうど雪釣りをしていました
奥に見えるのはレンガ造りの四高校舎跡

右手のビルが街中の証拠
大変だよ、掃除するの

奥に見えるのは金沢城跡
この通りは、昔は堀でした
ご苦労様! レンガ造りは四高跡
2001年冬 金沢ギャラリーへ、クリック 冬編へ移動します。


【金沢ギャラリー】雪と大雪物語

◇金沢ギャラリー・雪

2001・冬

「 雪 」と「大雪物語」

ロシアをマイナス70℃という 想像を絶する冷気に陥れた冬将軍は、
輪島上空にマイナス30℃の寒気団を 送り込んできた。


 2001年 1月14日未明から降りつづけた雪は、朝には20cmの積雪となって突然のぶチャンの前に舞い降りた。
山間部は1mを超えているらしい。
何年かぶりの本格的積雪に取材班は市内の真中にある「兼六園」へと出かけてみた。
 前日までの緑の兼六園はたった1日で、何もかも真っ白に覆い隠されていた。
 人影も少なく、キシキシと雪が鳴る足元の冷たくとも快い感触、処女雪の清清しさ、少しでもお伝えできれば。
金沢城も吹雪の中
 14日は市民に無料開放される日曜日のため、いつもなら三々五々訪れる人に出会うのだが、この日は自宅の雪かきに追われているのだろう、訪れる人も少なく絶好の取材日となった。
 金沢では新聞に、日曜日の町内総出の雪かきを「雪かきサンデー」との見出しがおどるのだが、私達(のぶチャン)は妻の「雪かきどうするの?」 「雪かきしてョ〜」の声を背に受け、さっそうと出かけてきたのであった。

 心の中では、
 「こんな日は、湯豆腐で一杯が楽しみなんだが、今日は肴なし、カラ酒の雪見酒かもしれない。  ヨワッタ・・・・・」

     この時には、みんなに余裕があった・・・・・・・
看板も雪づくろい

兼六園・雪の風情

雪のアーチをくぐって入園
市民は無料ですョ
子供は雪の子だ〜

深々と降る雪と静寂、雪吊りの美、見事な調和でしょう。
右手は成巽閣
雪でも、あっいネ
水面のキラメキもまた美し
記念撮影ナンバーワンの場所
水の音は心なごませる
ことじ灯篭の綿帽子
水面が凍っている
ワカサギでもいればナ  (釣り師)
こけないでョ
遠くに見えるは、金沢城
「どこから見る?」
雪吊りと金沢城

あぁ! 大雪だ〜!
日記だョ〜
雪に埋もれた金沢市内

1月14日(日) 午後4:00 兼六園から帰って、
仕方がないので、雪かきをした。体が痛い。でも、これで湯豆腐で雪見酒ができそうだ。
         雪は、深々と降り続いた。
明けて
1月15日(月) 
午前6:00
輪島上空にマイナス45℃の寒気団が襲ってきた。
駐車場の戸を開けたら、なんと30cmほど積もっていた。昨日、雪かきしたのはムダだった。
             ショック!
午前9:00 前日から降り続けた雪はまだやんでいない。
金沢では40cm、スキー場のある白峰では231cmを記録した。
昭和61年以来の15年ぶりの大雪だそうだ。 幹線道路は、渋滞した車であふれている。
 JRも運休が相次ぎ友人は東京出張をあきらめ自宅に帰った。 金沢駅で明日、ロサンゼルスに行く元同僚の旅行会社の添乗員と出合ったそうで、「大阪は雪がないから飛行機出発しますよネ」とも、「今日中に大阪に着かないとツアーに間に合わない!」とも、くどいていたそうだ。
 JRも幹線道路も国道8号線もまったく動かないようだ。
午後6:00 積雪はついに80cmを超えた。
金沢まで車で20分の出勤時間の人は、おおむね3時間以上、福井から来た知人は朝8時に出発して、金沢に着いたのは夜8時だった。
「俺の時間を返せ!と叫んでいた。 が、時間は帰らなかった。
午後7:00 自宅の雪かきをした。朝もしたので今日は2回目、店の前もしたので3回目か。
3日目
1月16日(火) 
午前7:00

出勤途中・思ったよりも道路はすいている。
さすがの大雪も2日目はこんなものか、と思ったが、・・・・・

店にお客さんが誰も来ない。  弱った。 明日は休みなので、売上は2日分なければいけないのに・・・・
連続真冬日は、昭和59年以来の17年ぶりと訂正された。(朝刊)
朝から雪かき以外の仕事がない。
ホテル・料理屋・レストランの予約はすべてキャンセルになったらしい。
        「こんな日は、早く帰って雪かきデー」らしい。

午前11:30 また、国道8号線が通れない、との情報が入った。
未確認だが、北陸自動車道が通行不能になりすべての車が国道8号線に回ったためらしい。
 しかし逆に、市内中心部は雪はあるが、道はすいているので納品はすばやくできる。でも注文の電話がかかってこない。
   隣りの魚屋はヒマだとみえて「屋根雪おろし」 をしている。

うちは、「まだ、イイだろぅ〜」と、楽観的判断を下した。

4日目
1月17日(水) 
午前9:00

今日は休みなので、ゆっくりと出社した。
市内の道はすいている。
雪の峠は過ぎたかもしれない。
朝刊に、CO中毒で車の中で死亡との記事。
              合掌。
すべるな〜
雪に埋もれる尾山神社の裏門
午後2:00
今回の雪は、能登の入り口である口能登(くちのと)地方の積雪が多く、「能登有料道路」が封鎖された事も手伝い、大型トラックなどが道を塞ぐ事も多く、知人は昨日の16日、口能登の宇ノ気に帰宅するのに、交通渋滞を避けるため、金沢の会社をワザワザ夜10:30に退社したが、いつもは20分で着くところを家に帰れたのは、あくる日の朝7:30だったとTELしてきた。


   その後、近江町の店を退社。
屋根雪おろすぞ〜
口能登・七塚町の様子
 午後2:30 雪かきは、イヤになったので  「ヤ〜メタ!」 と放棄した。
キュイーン (T<へ(ー ) はい、あーんして と、歯医者に行って親知らずを抜いてきた。
             痛い! 血が止まらない。
 携帯電話を落とした!  夜の10時に気がついた。
どこに落としたか分らない。もっとも分れば取りに行くが。たぶん、雪道を歩いてすべった時、落としたのだろう。  タイヘンダ!
でも、近江町にあるかもしれない。 明日は、明るい日と書くのだから楽観的にいこう。
       雪はチラチラと降っている。 もう終わりだろぅ。

5日目
1月18日(木)

雪は、チラチラだ。
やっぱり、携帯電話がない!   絶望! 誰か使っていたらどうしょう。
電話をとめた。 AUの担当のオネイチャンが優しかった。
のぶチャンは、明るさを取り戻した。
   (ヒットポイントが10ポイント上がった。)  (^。^/)ウフッ
 家の前や裏通りは、車によって雪は圧雪されてボコボコの状態だ。
いつもながら、ツルハシで雪をわり、スコッパで雪かきをする風景がチラチラと見える。
 金沢市外から通勤してくる人に「通勤大変やね〜」と聞くと、
「火曜日からサウナで泊まっている」 「友達の家で泊まった」 との返事多し。
サウナは寝る人で、歩く場所もないらしい。
        「着替えは?」  「サウナのパンツがある。」との返事あり。
自宅に帰ると、70を過ぎた父親が雪かきをしたらしい。
 出入りする所だけキレイだ。
もう、自分に雪かきをする元気はない。 今日は充電日と勝手に決めた。
それにしても、  歯が痛い! また、鎮痛剤を飲んだ。

             もう、外は雪がやんでいる。
6日目
1月19日(金)
久しぶりの青空だ。快晴とはいえないので、曇りのち晴れか。

今日からは、いつもの冬が戻ってくるだろう。問題はいまだに関東・関西方面からの観光客のキャンセルが続いていることだ!
何年か前のロシアタンカー重油流出事故の二の前はゴメンダ!  あの時は夏を過ぎても観光客は戻らなかった。
今回の大雪は、官公庁の休みの日曜日未明の行政の初動除雪の遅れが致命的で、月曜日の朝にはもう既に、誰にも手のつけようがなかったとのウワサがもっぱらである。
だってこのくらいの雪は、20年位前までいくらでもあったし、こんなに混乱しなかった。
         (ウワサ・ウワサ・・・・・あくまで、ウワサ)

誰に責任があるかないにしろ、キャンセルでこうむった被害は、この一週間で何十億は超えるんでしょうネ。
7日目
1月20日(土)
今日と明日は、「県民除雪デー」だそうだ。
町内総出で雪かきをしなくなった、「隣りがやっているのに、うちがやらないのはハズカシイ」という、意識がなくなっている事を新聞紙上で再確認した日だった。
   でも、朝から雨だ!

 昼から岐阜に列車で出張に行った知り合いから電話があり、福井から岐阜は大雪だそうだ。岐阜では10cmの積雪らしい。  金沢は雨!
雪かきは、今日はとりあえず 「しないでおこう!」
明日までに溶けるかもしれない。
  PS・陣頭指揮にあたっていた谷本知事が朝の散歩の途中、雪道でこけて手を骨折したらしい。

たぶん「大雪日記」は、今日で終わりだろう。     またd(^−^)ネ!

8日目
1月21日(日)

 <おまけ>
今日は、朝から「快晴」!
昨日の雨でだけでは、さすがに雪は溶けなかった!
朝の冷え込みで、道路はカチカチのツルツルである。
金沢ではこんな状態を「きんかんナマナマ」と表現します。
何故だかは知りません。なぜか言うのです。
             (^。^/)ウフッ
さて、そんな道路の硬い雪をどうやって片付けるかと言うと、昨日も言いましたが、右の写真を見ていただけるとわかるように、「くわ」ですわ、「クワ」「鍬」。畑を耕すわけでなく、雪を耕すわけです。
都会の真中で、「クワ」があるなんて雪国らしいでしょう。
私のところなんか、「クワ」がないので「トンカチ」で雪をわっていますワ。  あはは・・・
超原始的なんですワ!
「何時になったら終わるんだろう?」
「今日中に終わるんかいナ〜」と、思っていたら、町内の人が皆で一斉に手伝ってくれました。 感謝! 感謝!

それからが大変でした! 永遠と500m、 (右の写真を見てください、「綺麗なもんでしょう」)   雪すかし! 雪すかし!
誰も辞めようと言わないもんだから、あの状態で誰も言えないわな〜。 道路1本雪すかしですワ! 
       「アア〜しんど」
そんなわけで、終わった時には皆で拍手! 拍手!
       「やっと終わった!」

コーヒーの差し入れもありました。
誰も途中でリタイヤしませんでした。
町内が一体となった楽しい四時間半でした。

 でも、 「も〜いいわ! 堪忍して!」
       「もう、降るんじゃないぞ!!」

硬くて、手にマメができるヨ!

明日までかかるヨ〜。誰かタスケテ!

まるで春のよう


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【金沢ギャラリー】金沢・桜日記

◇金沢・サクラ日記

春うらら

「金沢・サクラ日記」


この桜の木が「おいしい店」の標準木。  すべてはここから始まった!

今年の満開の写真
「桜まち」はコチラ   「桜物語・15選」は、コチラ 散ってしまうからこそ美しい

桃の花から、桜が咲き、散っていくまでのライブお楽しみ下さい。

(桜の葉の詳細はコチラです!)

3月27日(火) 

スプリング in ザ金沢(はじまり、始まり・・・・)

暖かい日が続きます。
このままでは、4月の初旬には桜は満開になるでしょう。
私の商売としてはこんなに早く桜が咲いてしまうと大変困ります。

 何故ですって?
金沢の町は桜の「花見」で大いに賑わいます。これは冬に雪に包まれる地方に共通の事だと思います。
昔と違って雪も少なくなりました。じっと何処もいけず、炬燵の中でミカンを食べながらタクワンもかじる、そんな時代ではなくなりました。
行こうと思えば何処へでも行けます。温泉も有ります。雪と遊ぶスキー場もたくさんあります。
でも、ここにすむ人達の心には「閉じ込められている」というトラウマが、深くDNAに刻まれているのだと思います。
もうすぐ桜が咲くと聞くと、開放される・冬への決別と春への期待の気持ち・精神で一気に開放されます。
(少なくとも私はそう思います。何せ、むかし自分は心理学部への入学を志望したほどです。希望するのは誰でも自由です。 (^。^/)ウフッ )

そういえば中学一年の英語で、春になると鹿も飛び跳ねるくらい喜しいからスプリングと言うと習いましたネ。
そういう訳で金沢の町は、桜が咲くという噂が出てから、散るまで大賑わいです。  毎日がお祭りです。

  ( ̄^ ̄)ト-ゼン、 お祭りは沢山の経済効果を生み出します。料理屋さんやホテルのレストランに料理の材料を納入している「のぶさんチ(家)」はイソガシクナリマス。
一年中花見だったら、直ぐにマンションくらい買えます。だから出来るだけ、引っ張るだけ引っ張って花が咲いて、出来るだけ散らないでおくれ! と願うのです。
  「せめて四月中旬まで、もってくれョ」「雨なんか降るなョ」と、

これは、こんな商売をしている私の 「トラウマ」?


さて、先週の24日・金曜日・あまりによい天気が続くので、のぶチャンは
 
 「野ゼリ狩り」に行って来ました。

白梅は満開
卯辰山より
高尾の山にて
木蓮の蕾はまだ小さい


桜の蕾は、まだまだ固い!でも例年に比べれば早い。早すぎる!
今日の、浅野川河畔「おいしい店の標準木の桜」です。 今日の、浅野川河畔「おいしい店の標準木の桜」です。
大手堀にて この用水が外堀の跡 浅野川・天神橋 浅野川は、いつも静か

3月30日(金) 朝起きてビツクリ! 薄っらと雪が積もっているじゃありませんか。
今年の冬は、大雪でした。(一週間だけ⇒詳しくはコチラ)その影響がまだあるのでしょうか?
朝方の道路の雪は車が通る事により直ぐに消えてしまいましたが、9:30頃またもや降ってまいりました。右の近江町市場の入り口の写真はその時のものです。 「のぶチャン」ちの車も偶然?? 写っています。

「いまだ、チャンスだ!」「今行けば、サクラの蕾に雪が積もっている写真が撮れる!」「早く行かないと融けちゃう!」 と思いましたが、私には商売があります。待ってくれる人がいます。 と、カッコつけて(ようは道楽?)行きませんでした。 イヤ、泣く泣く断念しました。
昼からでも雪が残っていれば撮れたのですが、もう積もる事はありませんでした。
さすが新聞社ですね、その日の夕刊には、チャンと「遅雪にまみれたサクラの蕾」の写真が出ていました。
{{{{(+_+)}}}}寒ううぅ〜 寒い1日でした。
今日の、「おいしい店の標準木の桜」です。

いまは、3月30日ですヨ

3月31日(土) 兼六園の入り口朝から雪が降ったりやんだり、雪が積もらないだけで昨日と同じ。
でも、右の写真は兼六園の入り口ですが、かすかにサクラの蕾の色でピンクに色づいてきているのが分ります。
ぼんぼりも立っています。遠くに見えるのは金沢城です。

今日の、浅野川河畔「おいしい店の標準木の桜」です。

ふくらんできました。
4月1日(日) 昨日・一昨日と打って変わって、温い!(ぬくい)、ぬくい!
今日の、浅野川河畔「おいしい店の標準木の桜」です。車の中にいれば、ア・ツ・イ!
これは、イッキに咲くぞ!
そこで、今日は日曜日なのでさっそくアップしました。
昨日より蕾が膨らんでいるのが分りますか?
橋は卯辰山に掛かる天神橋です。

後ろに見えるのは天神橋
4月2日(月) 今日で二日間晴天の日が続いています。
いつ出るかと思っていた「開花宣言」が、ついに出ました。
去年より五日早い! 開花宣言が出て四・五日後が満開になるそうです。 早すぎる!
金沢の市内を流れる浅野川河畔の「おいしい店の標準木の桜」は、まだ蕾ですが金沢気象台のソメイヨシノの標準木は、五つ花が咲いたそうで「開花宣言」の発表となりました。
尾張町に五分咲きの桜を発見しました。やっと見つけました! 発見したのは、夜八時でした。 夜桜発見です。
金沢中を見て回っても咲いている桜は、ほんとうに極僅かです。
ミツカッテ・ヨカッタ!  ふう (;^_^A アセアセ・・・

「おいしい店・標準木」の蕾もずいぶん膨らんできたでしょう。⇒


尾張町の夜桜

金沢で1番早く咲いている桜です

今日の、浅野川河畔「おいしい店の標準木の桜」です。


まだ咲くのは早いよ
4月3日(火) 雨のち曇り
今日は朝から、サムイ! 
昨日と打って変わって最高気温5.5度だ。東京でも週末は雪が降ったらしい。
どんなに寒くても、サクラの蕾は大きくなり、一輪でも二輪でも花が咲いてきた。
人間には分らなくても自然は刻々と時計の針が進んでいるようだ。
   以下の写真はもっとも早いサクラの様子です。
何時になったら咲くのかナ〜


もうすぐ咲きそうです

大手町のサクラは3分咲きです 卯辰山のすだれ桜
大手町の早咲きサクラ 卯辰山のすだれ桜 木蓮の蕾も大きくなった

4月4日(水) 朝からミゾレ混じりの雨が朝八時過ぎまで降って、冷たい朝から今日は始まった。
昼からは雨も上がり、快晴・ピーカンになった。

7日・土曜日より、浅野川河川敷で花見をかねて、界隈の料理屋・商店・花街の人によって「浅野川・園遊会」が行われる。特筆すべき事は、市民参加のこのイベントを運営するのは「市民ボランテア」「学生ボランテア」の人たちである事だ!
右の写真は、設営中の学生のボランテアの休息の一コマ
もう1つの特徴は、金沢七不思議の1つである「園遊会には必ず雨が降る」とのジンクスで、天気予報によれば土曜日は、アメである。

今日の、浅野川河畔「おいしい店の標準木の桜」です。
今日のサクラ
ご苦労様
浅野川園遊会のポスター

花街である「東の芸子」さんが総出で、踊りや泉鏡花の「滝の白糸」の水芸が披露される

 アン・ビリーブバルに出るのも、もう時期だ!



4月5日(木) 晴れ!
私の知人の広瀬 誓 さんより、サクラのレポートがありました。

私たちの仲間で来週の14日に花見をする(大宴会)となっていたのですが、
例年より早い開花宣言、昨日・今日の晴天で、
  「来週はもう散っているのではないでしょうか?」
  「犀川べりでするのなら今週末ではないですか?」と、の質問に
広瀬さんが、
「桜ですが、今日1日ですっごく開きましたよぉ。事務所から見た桜、朝はほとんど咲いてなかったのが、今3分咲きといったところです。
この調子では、14日は無理???・・・今週末からは雨が降るそうですし。」
と、の事で現在花見の日程は調整中です。


町中、春です

今日の、浅野川河畔「おいしい店の標準木の桜」です。

3分咲きですかネ

4月6日(金) 晴れ! 晴れ!
今日の昼12時に撮った写真は、トップページにのせてありますが、昨日の3分咲きから5分咲きになっています。
その後夕方5時に「標準木」の前を通ると、右の写真のように8分咲き・・・ここまでいくともう満開でしょう! ネ
今日から14日まで、兼六園が花見記念の無料開放が始まりましたので、兼六園へ花見に行く人で周辺の道路は4時ごろから渋滞が始まっています。今日の「おいしい店の標準木の桜」です。
いつものように、明日の土曜日から14日までは新年の名神高速のような大渋滞が予想されます。御用のない方は迂回される事をお勧めします。(道路情報でした)
花見の方も、金沢中心部で車を置かれタクシー、テクシィーにていかれる事を是非お願いします。     親切でしょう。   実は、
自分の家は兼六園の近くにあるので、兼六園のパーキングに駐車しようとする車で目の前に自宅が見えるのに、いつもの何倍もの時間がかかって・・・・・・・
    _(^^;)ゞ イヤー    ポリポリ f^^*)

 
今日の、浅野川河畔「おいしい店の標準木の桜」です。

明日は、ここで浅野川園遊会です。



4月7日(土) 晴れ! 晴れ!

毎日の桜の様子をアップしています。今日は満開!満開! 満開! 満開!

金沢中、、桜でいっぱい。

兼六園の「しだれ桜」

兼六園の夜桜
4月8日(日) 20年ぶりの大学時代の同窓会のため、お休みします。


のぶチャン、大いに歌っています。  ⇒

  昨日から飲み続けです。三日酔いは確実!




片町のスナックにて
4月9日(月) 読者の皆様、スイマセン。 M(_ _)m
金沢は、もう散り初めから、散り盛んである。桜吹雪は人を違う世界に連れて行ってしまう。 現実と夢の世界の入り口かもしれない。    ザンネンなお知らせが。
今日撮った写真74枚をすべて間違えてデリートしてしまつた。Dドライブに入れていたので「元に戻すができない!!」
結構いい写真があったのに!
  「散りゆく桜・高まる愛」そんな題名だった。
明日もう一度撮りに行くが、同じ写真はできないだろうナ〜。

こんな老夫婦はいいね〜
大手堀にて
4月10日(火) 晴れ! 晴れ! 晴れ!
今日で六日間晴れが続いている。しかも、昨日と今日は六月頃の気候ということで20度を超える夏日で、桜はもう「落花さかん」で一部の木は「葉桜の季節」となっている。
少しずつ、散ってきましたd(^-^)ネ!
金沢の町では「今年の桜は白い。いつもはもっとピンクだ。」
と、新聞にも出るほどの話題となっている。
原因は不明、もしくは、気のせいじゃないか? と、閉めくっていたが、例年なら「花冷え」といって、雪が降る事もあるし、夜桜見物は寒くてセーターを着ていくところを今年は半袖で行く、 自分の記憶が正しければ、いまままでそんな事はなかった! 「料理と一緒で1回ピシッと冷たい氷水で締めないとピンクの色が出てこない」 そんな新説を新聞に投書したくなっている。
それにしても、花見の時期が例年一週間ほどあるのに、今年は三分咲きから四日間とは、サビシイ!

桜の花びらは、たべれないヨ
犀川河川敷にて

小川は、散った花びらでいっぱい
ごみ? 花びらです
4月11日(水) 晴れ! 曇り!桜はいつまで持つのでしょうか?
何処へいっても「桜の絨毯」です。
少しの風でもピンクの花びらが舞い踊っています。
  「桜吹雪の中を歩く乙女」というのは絵になりますね!
    一枚の風景画です。
これってセクハラ?  M(_ _)m
                          新葉が出てきています

町中、桜の絨毯
犀川の桜

4月12日(木) 雨! 無常の雨!  一日中雨だった。
まとまった雨としては4月3日以来、8日ぶりの雨だ。桜も終わりですネ
桜の花の散りぎわの雨は、無常だ。
恋人同士2人の世界に浸っていてまだ帰りたくないのに、むりやり親が出てきて彼女を連れて行く!  彼女は泣き騒いでいるのに!
そんな源風景が見えるような幻想に陥ります。

(あくまでも幻想で原体験ではありません。お間違いなく。このサイトは嫁さんも見ているのです。)

左側の桜が散って、ピンクから花弁の赤色になっています
兼六園の外周道路

4月13日(金) 晴れ!
すがすがしい朝だ。

  今日で「サクラ日記」も終了です。
拙い文章に、お付き合いありがとうございます。

雨の後、桜は僅かに残って入るだけだが桜の木を見ていると、葉桜という新しい生命の息吹が感じられる。思わず「来年また頼むよ!」「綺麗な花を咲かせてョ」と声をかけたくなる気分だ。
蕾から、満開、あっという間に葉桜と、あわただしい18日間を過ごしました。
でも、、仕事仕事の間では、ぼっと見ているとただ過ぎ去っていくだけの金沢の季節・風情を十分に肌に刻み込んだ日々でした。
新しい「出会い」「感覚・感性」に 感謝。  M(_ _)m

ご苦労様でした
これからどんどん青くなっていきます。

4月20日(金) おまけ!
19日・20日と長野・群馬県へと仕入れに行ってきました。
長野県・松本では、市内は落花盛んから葉桜の初めくらいでしたが、少し山に登ると満開でした。
安房峠を越えてきたので日本アルプスの中はまさに「花街道」で退屈のしない、温かい旅行でした。
いえイエ、旅行じゃありませんでした、仕事でした。
松本市の郊外扉温泉


長野の山の中の桜は別世界

               ★金沢ギャラリー 春

「桜まち・金沢」

春爛漫・桜ロマン・金沢は、まち中・エンターティーメント!

  画像をクリックしてネ
「金沢・桜物語」

独断と偏見で選んだかってに選んだギャラリー「ベスト15」


【金沢ギャラリー】桜まち・金沢

◇金沢・桜まち

「さくら日記」で使った桜の木の標準木 奥に見えるのが卯辰山に掛かる天神橋

金沢ギャラリー春
「桜まち・金沢」


冬のあいだ雪に覆われていた金沢は
「春まち、恋まち、桜まち」
春を待つ心で、浮き立っています。

卯辰山に桜でできた橋が掛かる
出番を待つ「ツボミ」 散ってしまうからこそ美しい
「さくら日記」は、コチラ   「桜物語・15選」は、コチラ

春爛漫・桜ロマン、金沢は街中・エンターティーメント!

桜の花びらに姿を変えた妖精が舞い落ちる
親子で犀川・河川敷デビュー 今日の幼稚園の遠足?
金沢のそこかしこで、子供達の歓声が聞こえてくる

平安時代に花見のルーツがある。
『日本後紀』に、嵯峨天皇が神泉苑で桜を眺めたのが「花の宴」のはじまりとある。
貴族や武家などの限られた階級の行事だった花見。それがにぎやかな宴会になっていったのは、
豊臣秀吉が吉野山や醍醐で開いた花見以来だとか。歌舞などの芸事もまじえ、華美をつくしたと伝わる。
 庶民に広がったのは江戸時代からで、「長屋の花見」という落語でも明らかのように、
貧乏長屋の住民でさえ三味線や鼓を奏で、小唄をうたい酒を酌み交わす光景がみられたというから、
現在の花見の風景は、当時から変わらぬものだったようだ。


金沢では、花見時期には花のあるところ、家族づれ・恋人たちでいっぱいである。

金沢城の真下は花見宴会スポット
片隅では家族水入らずで
 
婦人会は、お弁当を持ち寄って

町の古老曰く、
卯辰山は「夢香山」ともいうが、一般庶民は「蓮如さんの山」と言っていました。それは、「山桜の花盛りの卯辰山にて大いに山遊びしろや!」と蓮如さんがおっしゃつたと言う伝説があり、4属旦那衆が花見をするのが兼六園で、職人・庶民がハメをはずすのが卯辰山と、明治以来、沢山の人々が「おこぶた」を持って朝から飲み歌い、物売りや食べ物屋の屋台、芸人なので、大変な賑わいだった。男衆は観音坂を下りそのまま、愛宕町の郭へ行くのが常でした。

恋人達の町・カナザワ

犀川のしだれ桜
金沢城の外堀・大手堀
 
浅野川の標準木
<鏡花の卯辰山>
泉鏡花は、卯辰山を好み作品のなかで、
「山の端に歩み出づ。唯見れば明星、松の枝長く指す北の天にきらめきて、またたき、またたき、またたきたる後、ぬぐうて取るやう白くなりて、しらじらと立つ霧のなかより麓の川見え、森の影見え、やがてわが小路ぞ見えたる。」と山上からみた金沢の風情を写している。   (泉鏡花「照葉狂言」)
卯辰山から市内を眼下に


兼六園の夜桜

花見のシーズンには市民に無料開放され多数の老若男女で賑わいます。

夕闇が金沢城にせまり
ライトアップがあたりを夢に変える。
現代的な光に浮かび上がる庭園が、幽玄という言葉を思い出させる。


★金沢ギャラリー 春 次は、  独断!偏見! 金沢桜物語・15選
「金沢・桜物語」 

独断と偏見で選んだかってに選んだギャラリー「ベスト15」

  画像をクリックしてネ


「金沢・サクラ日記」 3月27日〜4月14日
この桜が標準木です
金沢を流れる2つの川・女川といわれる
浅野川河畔のサクラを
「おいしい店の標準木」として、
蕾から花の散っていくまでの様子を、
金沢の他の場所の風景とともに毎日レポートしています。


完筆!
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バックナンバー・★金沢ギャラリー冬
1月14日未明から降り続けた雪は金沢では
   1mを越す15年ぶりの大雪になってしまいました。    
      14日の「静かな兼六園」と、
雪の中の金沢城
1月21日までの「のぶチャン」のまわりをレポートした
        「大雪日記」です。
金沢ギャラリー「雪」へ

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【金沢ギャラリー】金沢桜物語15選

◇金沢桜物語15選

花壇に積もる花びら

金沢ギャラリー春

「金沢桜物語15選」


用水に流れる花びら
「サクラ日記」はコチラ 「桜まち」はコチラ

独断と偏見で、かってに選んだギャラリー・「さくらベスト15」

卯辰山に流れる浅野川
三味線の音が流れる主計町
流れるのは、浅野川
浅野川は女川・ゆったりと優雅に
市町の肝いりの小公園
城の周りは市民の散歩道
兼六園外周・桜並木がつづく
気持ちよく走れます
用水には必ず桜の木がある
犀川べりも桜並木でいっぱい
犀川河川敷のしだれ桜
町内会の花見宴会のメッカ・犀川
二人の世界には犀川がピッタリ
泉が丘高校のグランド沿い
 
元気象庁の標準木・弥生桜公園
 
★金沢ギャラリー 春
「桜まち・金沢」

春爛漫・桜ロマン・金沢は、まち中・エンターティーメント!

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「金沢・サクラ日記」 3月27日〜4月14日
この桜が標準木です

金沢を流れる2つの川・女川といわれる浅野川河畔のサクラを
「おいしい店の標準木」として、蕾から花の散っていくまでの様子を、
金沢の他の場所の風景とともに毎日レポートしています。

完筆!

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【金沢ギャラリー】金沢体験紀行・本段2

◇兼六園・夜のライトアップ 2

光と影と音のページェント

金澤体験紀行・本段2


光と音が織りなす幻想空間
・夜の兼六園ライトアップ

頭の上から横笛の音が 日本最古のサイホン式噴水
「序段」からお読み下さい。

第二の舞台は、重要文化財「成巽閣」を使って行われました。

「成巽閣」は12代藩主の奥さんの隠居所として建てられた大名屋敷で一般公開もされています。
二階から障子越しに佳人が横笛を吹き、
「天空から降る笛の音。誘われて見上げれば障子の影で佳人の妙なる笛」との設定でした。

佳人かどうかは不明でした。  _(‥;¢...ホントカァナ...
舞台になる裏門の前に集まってきます
「早く開けてよ!」
ロミオとジュリエットにもこんな場面が
「あんた、次何処行く」 
「静かにしろョ。オバちゃん」
お抹茶でも一席いかが


さて最後の舞台は、新設なった「船之御亭」(ふなのおちん)にて
屋形船の形をした御亭(休息所みたいなもの)の中から胡弓の音が哀愁を帯びてこぼれてきます。
胡弓って、 (・・?)ナゼ? こんなに切ない音なんでしょう d(^-^)ネ!
「弦を擦る旅芸人の思い」がモチーフだそうです。  うんうん(^-^)  ナットク

これが「船之御亭」
「小川のせせらぎ」とのハーモニー
演奏する美人! 見えます?
二回目の演奏が始まりますョ
ボランテアが園内を案内
ボランテアが園内を案内
噴水の水の高さは霞ヶ池の深さです
ここにいても胡弓の音が聞こえます

菖蒲も堪能したでしょう


光と影との明暗と「三味」「横笛」「胡弓」の奏でる音が、非常にマッチしていて「泉鏡花」的な耽美派とは言い過ぎとしても、とても幻想的な世界が園内にかもし出され別世界にいる感覚に襲われました。
園内に静かに染み渡る演奏が、その場面を見ていなければ、例えば木々の蔭の中にいても、まるで「空から降ってくる」ように感じられました。
惜しむなくは、よく喋るオバちゃんの声と携帯電話の音だけが現実へと引き戻す目覚し時計のベルとなっていた事でした。

本段1


【金沢ギャラリー】金沢体験紀行・本段1

◇兼六園・夜のライトアップ

光と影と音のページェント

金澤体験紀行・本段1


光と音が織りなす幻想空間
・夜の兼六園ライトアップ

こちらですョ 闇があたりを覆い始めます
「序段」からお読み下さい。

5月18日午後6時30分 夕闇がせまる頃、のぶチャンは兼六園にやってきた。
今日から20日までの3日間兼六園は、金澤体験紀行「春の段」としてライトアップされた光と影の美しさ、
プラス(ここからがいかにも金沢らしい所ですが、)音を加えた総合芸術を創り出そうという試みでした。
「金沢」の文字を使わず「金澤」の旧字を使う所に「伝統に裏づけされている金沢」をアピールしたい主催者の意気込みが現われています。

夕闇せまる金沢城
7時の開門前に多くの市民が集まる
「まだかナ〜」 「開けてよ〜」
一番乗りは5時30分でした
菖蒲は尚武につながり武士の花です
満開ですネ
どんどん集まってきます
光と影に咲く菖蒲の紫は映えました
ここが第一の舞台
ベストポジションはここだ!


兼六園の真中にある一番大きな池「霞ヶ池」が第一の舞台で、明治時代には屋形船を浮かべ祝宴(いわゆる宴会)をしたとの風流な記録が残っています。
現在は出来ませんが、今日は霞ヶ池を一周する船の上で三味を奏でました。
暗闇の池の中から一筋の光とともに現われる小船。 いい演出でした。
池の中に浮かぶ内橋亭(昔の休息所)の中では障子越しに地歌舞が踊られ、影が躍るという趣でしたが、
ここからは少し遠すぎで、踊っている様子が全くわからず、策士策に溺れるの感でした。
内橋亭の近くで見ればいい趣向だったかもしれませんが、残念ながら人が一杯で近寄れませんでした。
でも、ことじ灯篭のこのポイントもグットポイントでしょう。    M(_ _)m  次回期待してネ

ことじ灯篭の前を船が横切る
粋だね
静かに散策を楽しむ人も大勢います
「きれいね〜」

第二の舞台の周りには陶器の行灯が

序段
本段2


【金沢ギャラリー】金沢体験紀行・序段

◇金沢体験紀行・【春の段】ライトアップされた夜の兼六園のガイド

金澤体験紀行

光と音が織りなす幻想空間・夜の兼六園ライトアップ<
チラシ 【春の段】 序段 菖蒲は今が盛り


【金沢ギャラリー】百万石パレード3

◇「百万石祭り」のレポート4

百万石祭り2001-3

「加賀友禅・灯ろう流し」と「百万石パレード」を
レポートします。
小学生も多数参加 「百万石パレード」編 3 市民も何時になく参加

いよいよ、ボルテージ―も最高潮!

奴行列だぞ! ほ〜れ!ほ〜れ!ほ〜れ!
観客が多いと燃えるぞ!
 見てくれおいらのパフォーマンス!


上手く受け取れヨ! 恥じかかすな!

こんな格好で4Kも歩きます
カメラが向くとキンチョウ!
目がレンズを向くヨ


おいら達はまだ軽いナ〜
お父さん、ガンバッテ! あと3.5Kだ!

斎藤慶子です。 遠すぎるヨ〜
加藤紘一が、ガードマン? 似ている〜!
「新さ〜ん」じゃないヨ!
松平「利家」が、馬上インタビュー

ズラは、メチャクチャ似合う。
奥さんも呼んで来てほしかったナ〜

砂浜を走るのは得意なんだけどナ〜
あれは10年前の話だったか。


【金沢ギャラリー】百万石パレード2

◇「百万石祭り」のレポート3

百万石祭り2001-2

「加賀友禅・灯ろう流し」と「百万石パレード」を
レポートします。
兼六園
山崎山より霞ヶ池を望む
「百万石パレード」編 2 兼六園
夕顔亭前の翠滝

さて、さて・・・
祭り見物でいっぱいの人を尻目に金沢城の対岸の兼六園では、
打って変わった静けさが支配していた。

青々とした杉ゴケも綺麗

何が見えるのだ?
祭り見物が先? 兼六園が先?
今日のガイドさんはキレイだよネ。

いいわな〜。 僕にもこんな時代が・・
食べれるかな〜? まずそうョ

市内いたるところで茶会が行われています。
すぐ横には、こんな小川が流れています

上生菓子付きでした
 
遠くに見えるのが平成の築城と言われる金沢城

 祭りの間も城の再建・復興が行われています
次は、百万石祭り3へ


【金沢ギャラリー】百万石パレード1

◇金沢のお祭り「百万石祭り」のレポート2

百万石祭り2001-1

「加賀友禅・灯ろう流し」と「百万石パレード」を
レポートします。
尾山神社の神主達 「百万石パレード」編 1 色っぽくてイイね

6月9日土曜日12時30分
市祭たる「百万石祭り」のメイン行事である「百万石パレード」が始まった。



ことしは、「前田利家」役に「暴れん坊将軍」の松平健、「お松」役に斎藤慶子と役者もそろい、新たなる市民参加を探る創作ダンス・パフォーマンス「ホーヤネかなざわ」もはじまり、何時になく市民参加の目立った祭りでした。

でも私が思うのに、人気の役者に頼ることなく、祭り自体の魅力で人の呼べる、県外からの観光客が「金沢は一度見たから、もうイイヤ」から東京デズニーランドのように「また来たい」に変わるような、市民参加・観光客参加型の市祭へとの脱皮を強く望みます。

「これが楽しみだ」との市民も多い  (o^-^o) ウフッ
県内の女子大・専門学校の生徒も多数参加
ここが特等席です。
有料の席も販売されますが、
市民はその横に敷物を敷いてただ見です。


バトントワラーも多数参加する

園児達も参加でチュ
金沢名物「獅子舞」・実は武術の鍛錬に使った
幕府の目をごまかした?

これだけ大きい獅子舞は金沢だけ。
昔は各町内に必ずありました。
来年の大河ドラマ「利家とまつ」の宣伝も

金沢城の石川門は見物客で鈴なり
 
郵便局の特別出張所
宅配便も受け付ければいいのにネ。
 民営化はまだ先だな〜
 毎日練習だったんでしょうね。
かわいいわネ。

次は、百万石祭り2へ


【金沢ギャラリー】百万石祭り2001

◇金沢の祭り・百万石祭りをレポート。まずは友禅灯篭ながし

百万石祭り2001

「加賀友禅・灯ろう流し」と「百万石パレード」を
レポートします。
一つ一つに灯りが入れられ 「加賀友禅・灯ろう流し」編 丁寧に流される。

6月8日金曜日午前、

各流派による野点・茶席に使われる水を汲む「お水取り」によって
「百万石祭り」は、開催された。
本日のメイン行事は、小学生による「子供提灯行列」と「加賀友禅・灯ろう流し」である。

  加賀友禅・灯ろう流し

加賀友禅流しが行われてきた浅野川で、友禅職人の霊を慰め、友禅業界の今後の発展を願い、毎年行われているものです。

午後7時、夕闇せまる浅野川に友禅作家の卵たちが描く友禅の絵模様を描いた「灯ろう」が、ほのかな明かりをともしながら1000個以上流されると、次第に夜のやみの中包まれていく浅野川河畔に、幻想的な光景が広がりました。

さすがに、アベックが目立ちます

約1200個が流されるそうです
上に見えるのは順番を待つ灯ろうの明かり

上手くなるようにと願いを込めて
対岸のマンションの明かりも、また一興

ベストポジションは家族連れでいっぱい
次は、百万石祭り2へ


【金沢ギャラリー】提灯夜行 4

◇提灯夜行4

梅の橋

提灯夜行 4


非日常の世界から、日常の世界に
そこは、もう1つの艶まち 「主計町」

昔、馬場があった馬場町
梅の橋の二つ下流の橋を渡る 通りには1人だけが
卯辰山を下りればそこは誰でも知っている普通の金沢、日常の世界。

東山から卯辰山へ夜の旅は振り出しのスタート地点へ戻ってきた。
これらの一帯は昼間では当たり前のように思っていたが、あらためて歩いてみると坂が多く
坂がまちのアクセントになつていて、中国地方の尾道もこんな町だつたな〜と20年ぶりに思い出された。

住宅地の中は寝静まり、誰一人歩いていなかった。
猫が1匹、自分達を出迎えてくれた。

東山から橋場町を通り、中の橋を渡れば泉鏡花もかよった、明治二年に出来た花街・主計町に出る。


この中の橋を渡れば主計町
木造の橋に和服の美人は似合いますな〜
目の前に、主計町があります。
今日は、通り過ぎるだけ!  残念
この坂が有名な「暗がり坂」、登りきれば
久保市乙剣宮の境内
泉鏡花の生家の前である。
上から「暗がり坂」を覗く
過去、泉鏡花を含め多くの男性が花街へ
かよった事を、この坂は知っている。
久保市乙剣宮にて解散
ここで今日の金沢散歩学は終了です。
「ア〜、暑かった」、ご苦労様でした。
帰り道、こんな坂も見つけました。
金沢の東山からのこの一郭は、
坂の町でもあったんですd(^−^)ネ!



スタートより二時間たらずの小旅行を終えた25人の参加者達は満足げな表情で帰路についた。
それぞれの思いとともに。

           サアー、あなたも未体験ゾーンへお越し下さい。

参加者の皆さん、無粋に皆様の目の前でカメラのフラッシュをたいて申し訳ありませんでした。
ここにお詫び申し上げます。 申し訳ありませんでした。  m(。−_−。)mス・スイマセーン


卯辰山へ


【金沢ギャラリー】提灯夜行 3

◇提灯夜行3

提灯夜行 3

夜の金沢・卯辰山には、
生れてからズ〜ッと住んでいる
僕にも知らない一面を見せていました。

右へ行くと卯辰山の標識 下に流れるのは浅野川
参加者の誰もが見たことのなかった、異世界世界へ。 昔は怖かっただろうナ〜。

卯辰山へと続くなだらかな山裾には、前田家3代利常によって築かれた寺院群がおよそ50にのぼり、
四季の風情鮮やかに、今も藩政時代の名残を伝えています。

卯辰山の中腹にある、宝泉寺からの夜景
夏風が常に吹いていて気持ちいい
でも、アベックで来るには、怖くてビビルよ d(^-^)ネ!。

利常は、金沢の東の守りを固めるため城下に散らばっていた寺院をこの一郭に集めました。
すぐ下の道(国道159号線)は、富山に抜ける幹線道路で、いざという場合には封鎖する必要があったからです。
寺院は石垣などを築けば城並みの防衛力があり、大勢の兵士が寝泊りする事も出来、守りの要所に集められたのです。


宇多須神社・前田利常の疱瘡を
治した井戸もあり崇拝を集めた。
出入りは、自由です。
ここから先は暗闇が続き、1人出歩くのは
結構努力が要ります。
子来坂を登ると宝泉寺
金沢を一望に出来ます。
門は、締まっています。
「先生、提灯の灯りだけで暗いでしょ」と、
懐中電灯の明かりを点ける参加者
長谷川先生、モテモテ
下りの子来坂の暗闇が分りますか? 怖〜ワ
このオバちゃん度胸あるでしょう。
振返ったら、誰もいなかったりして。 (;゚゚)ワーッ!
料亭・山乃尾
魯山人が逗留していた事で有名
広い敷地の離れやでの会席料理
日本で1番百姓一揆の少なかった前田藩で
一揆の首謀者7名をまつった七稲地蔵
稲の穂を持っている
卯辰山のこの一郭を長谷山と言いました。
観音院は安産の観音で、江戸時代の間
神事能が行われ金沢中の人が集まりました。
 
観音坂・この急な坂を登ると観音院
ここもまた金沢を一望できる。
門が無かったが本堂は閉ざされていた。
「観音寺」 
今でも四万六千日の祭礼では多くの人が集まる。
糸毛の付いたトウモロコシを家に持って帰る。
「儲け」があるから。 



多くの参加者は、夜の神社仏閣を見たことがありませんでした。
正確にいえば気が付かなかったが、正しいんでしょうね。
長谷川先生によれば新年を除けば、たいがい夜間はお寺は門を閉ざし、神社は出入り自由に開放している、との事。
今日それを実感しました。神道と仏教その差はその起源にあるのか、のぶチャンには新たな研究課題が出来ました。

            サアー、山を下りて街に出よう


東山へ
次は、下界へ


【金沢ギャラリー】提灯夜行 2

◇提灯夜行2

提灯夜行 2

夜の金沢
昔ながらの街並みがいろよく残る・東山、
提灯片手に 「灯りと闇のページェント」

長谷川孝徳先生アップ 説明します。集まって下さい
東山の茶屋街から卯辰山麓寺院へと、艶のあるまちから未知の夜の世界へ

今も小路をはさんで黒瓦の町屋が並び、紅柄格子の家並みが美しい東山の茶屋街は、
金沢の観光スポットとして多くの人が訪れます。
今日は、なるべく街灯など明かりの無い小路を選び昔の雰囲気を味わってもらいます。

ここ東山の茶屋街をスタートに卯辰山を巡り
もう1つの茶屋街 「主計町」 へと進むルートです。

暗闇を 選んで歩く 東山



茶屋街の中は、今日は近所の叔父さん
しかも、裸の大将風のの叔父さんが、
1人だけ歩いていた
街灯の無い所を選んで歩きます。
側溝(金沢弁ではエンゾ)に入らないように
気をつけて下さいョ
幅1mもない路地を入っていきます。
「まだこんな小路があるんだ!」
「昔はたくさんあったネ」との声
金沢でも1番古い三階建ての建物です。
立派な建物でした。
今時の若い子で「おちらし粉」なんて
知っていますかネ。
はったい粉とも言います。
玄門寺。 門が閉まっています。
夜、お寺は門を締め切り、
神社はいつでも外に開放しているそうです。
この寺も、門が閉められています。
ここからダンダン山道になってきます。
高台の蓮昌寺から金沢市内を望む
ここの門も閉められています。
 
周りに明かりの少ない、
寂しい小道ばかりを歩いていく。
提灯の明かりでも、月夜の晩なら結構明るい。
京都の松尾大社を歓請した、お酒の神様
鳥居に「東の祇園」とありました。
ここは、誰でも自由に入れました。



松尾神社から卯辰山の方へ少し登り、夜景を見てかっての 「うぐいす谷」(優雅な名前です)へと
下りてきました。
ここは、度胸試しに最高です。墓場が道に沿ってあり、灯り1つありません。 恐いョ〜。
心霊写真が撮れたらイヤなので写真も撮りませんでした。  (;゚゚)ワーッ! となったら恐いから。

        サアー、ここからは卯辰山。 本格的に登りになるョ〜


提灯夜行とは、
次は、夜の卯辰山


【金沢ギャラリー】提灯夜行 1

◇提灯夜行1

提灯夜行 1

夜の金沢
昔ながらの街並みがいろよく残る東山、
提灯片手に「灯りと闇のページェント」

灯をつけてサァー出発 足元に気をつけて
泉鏡花も見た、真夏の夜の異世界体験!

金沢をもっと知り、もっと好きになってもらうために、歩いて学ぶ金沢散歩学「提灯夜行」が
「金沢・まち博2001」の一環として8月18日土曜日に行われました。


まち博とは・・・・
  金沢のまち全体を活きたパビリオンと見立て、まち全体を博覧会会場のように楽しむ地域活性化イベントで、2001年7月28日(土)より8月26日まで多彩なイベントが行われました。

歩いて学ぶ金沢散歩学 「提灯夜行」・・・・
  小田原提灯片手に「のぶチャン」達は、
古都の情緒が色濃くただよう東山・卯辰山の小路を歩きながら街灯が無かった時代に思いを寄せ、江戸時代の古地図に残る昔ながらの道を歩き金沢の夜の暗さを体験しました。

定員20名のところ希望者多数のため抽選で25名が選ばれた参加者は(もちろん「のぶチャン」もこの中にはいっていますョ。ちゃんと当選ハガキをいただきました。念の為)、石川県立歴史博物館の長谷川孝徳学芸専門員の案内で江戸時代の夜のまちの雰囲気を味わいました。

8月18日午後7時20分、
東山・自由軒(芸子さんに好評の洋食屋さん)前に集合の当選ハガキをもらった、のぶチャンは7時に自宅を出た。

宵闇が迫るなか浅野川沿いに、集合場所の東山がある

やさしいせせらぎが「女川(おんながわ)」と称される浅野川を渡って、
かっては清らかな水を求めて加賀友禅や金沢箔の職人が多く住まいした東山へ急いだ。 
「遅刻して置いて行かれたらf(^^;) タイヘンナンスカラ、モウ。」
 


この提灯を使って下さい。
ほしい人は、1500円で買ってd(^−^)ネ!
貸し出しは、無料です。
江戸時代の古地図が配られました。
結構、今の道と重なっています。
金沢は空襲で燃えてませんから。
ワクワク・ドキドキと待つ参加者。
女性の参加者が多かったです。
完全に暗くなるまで、待ちました。
まち博は、多くの
ボランテアの人たちで運営されています。
のぶチャンのアップは辛い (^-^;)
8時、時は満ちた!
サアー、出発!
始まり、はじまり! (^-^)//""パチパチ
まずは、五木寛之の「朱鷺の墓」にも描かれた東郭・東山の茶屋街へ


次は、艶まちから
夜の未知の世界へ

【金沢ギャラリー】金沢城ギャラリー3

◇金沢城ギャラリー3

金沢城ギャラリー 3


会場に落ちていた、何気ないスナップ

この石垣は歴史を見た! この門から奥は、大奥
今回のテーマは 「愛」

2001年秋 長い会期中(9/8〜11/11)に、10回以上みどり博(緑化フェアー)に行きました。
多数の人達との出会いもありました。 感動も勉強もありました。
隠れてコソット撮った写真もみんなにオープン

城内では、会場限定の宝くじも販売していました。
「ねえ、ネエ〜。当るかしら。」
「女神の君がいるから、きっと」


お年寄りの方、疲れた方、体の不自由な方は、
ρ(^^ )ノ サァドーゾ!!乗ってください。
「ぼく〜、オシメ変えましょうネ〜!」
優しい、愛の三世代
鴨も恋人同士でお散歩
「ぼく〜、転ぶなよ。」
「大丈夫だヨ〜ダ!!」
おいおい、2人っきりはまだ早いぞ!!
保護者は何処いったんだ。保護者は・・
「愛」という事なら、やっぱり最後の〆は
「うちの奥さんで」 (^0^*オッホホ
会場で出会った多数の皆様、また「百万石博」で合いましょう!!
それまで、お元気で!!!

みどり博の
「人」がテーマ


【金沢ギャラリー】金沢城ギャラリー 2

◇金沢城ギャラリー2

金沢城ギャラリー 2

2002年 みどり博の行われた金沢城では、
それを支えてくれる
多くのボランテアによって運営された。

毎日ご苦労様です。 ありがとうございました。
今回のテーマは 「人」
金沢城ギャラリー1 「職人魂」は、コチラ

2001年秋 全国都市緑化フェア「ゆめみどりいしかわ2001」のメイン会場の金沢城公園は、
会期中に180万人の入場者を迎えたが、それを影で支えたのは、多くのボランテアの人たちだった。

花緑アテンダントが語りかけます。 「どうしましたか?」
             「お手伝いしましょうか?」

阪神大震災以来、ボランテアに積極に取り組む人達の数が増えたそうです。

「今までやりたかったけど、恥かしかったから出来なかった。」
「陰で何やかやと言われなくなったから、出来るようになった。」
ボランテアという言葉が普通の日本語として使われる社会に、
誰でも自分の余力を社会に貢献できるシステムが出来て欲しい。


「オハヨウございます」
「いいお天気で良かったですd(^-^)ネ! 」
毎日の花壇・花の手入れ
見た目よりもハード!!
「朝一番で、城内の清掃を終わらせなくちゃ」
「急げ!イ・ソ・ゲ!」
見えない所の雑草取り「ご苦労様」
しおれた花も毎日、植え替えています。
「お母さん、どの花がいいの?」
会期最終日には、来場者にプレゼント!!
「チョツト待ってね。順番だから」
「もうそろそろ無くなるヨ〜」

キレイなお姉さんの「花緑アテンダント」と人生経験豊富なボランテアガイド「まいどさん」は、
来場者の心を和ませてくれ、また知識欲を満たしてくれて、このイベントの花であった。
また、設営に携わった人、数々の庭園を造っていただいた人達もまた、職業にしているとはいえ
ボランテアの手弁当の日々であったのは間違いない。
皆様、ご苦労様でした。


金沢城を造った
「職人魂」
次は、みどり博の
「愛」がテーマ


【金沢ギャラリー】金沢城ギャラリー1

◇金沢城ギャラリー1

金沢城ギャラリー 1

「 職人魂 」

平成の築城により発揮された職人魂
450年ぶりに市民に開放された金沢城

菱櫓(ひしやぐら) ライトアップされた菱櫓
実際に携わった職人さんのコラム・職人魂の集大成!

2001年秋 「100年後の国宝を造ろう」との合言葉に、金沢城の一部復元が完成した。
今年(2002年)のNHK大河ドラマ 加賀百万石物語 「利家とまつ」で
全国区の人気になるであろう前田家が
1583年に金沢城に入城して城下町としての金沢の発展が始まりました。

秋の日の一日は、芸術の心を喚起する。
城内のここかしこにスケッチする姿を認めた。

復元されれたのは、「菱櫓」(ひしやぐら)・「五十間長屋」・橋爪門と続櫓」です。

明治以降に建てられた木造城郭建築としてはわが国最大級であり
木組みには釘を1本も使わない伝統技法と匠の技はまさに芸術。
(今使われている釘は木が馴染んだ後、取り外されます。)


二の丸広場から復元された菱櫓を望む
後ろ向きの美人?は、ウチの奥さん(^0^*オッホホ
鶴の丸広場から菱櫓・五十間長屋を望む
この庭はキレイでした。壊すのが惜しい!!
三の丸広場は市民に開放される予定
右手に見えるのは五十間長屋
新丸広場から菱櫓を望む
大銀杏の木が秋の深まりを教えてくれる
鶴の丸広場から、右手に見えるのは石川門
その奥が兼六園です。
三十間長屋から菱櫓を望む
「秋の寂しさ」が感じられる一コマ
 ■レポート のぶちゃん編
全国都市緑化フェア「夢みどり・いしかわ2001」(通 称・みどり博)で、金沢城・初のお披露目
のぶチャンもパチリ



のぶチャンがレポートします。

9月9日の日曜日に行ってきました。
オープン2日目の快晴の日でしたが場内はガラガラで気持ちよかったで〜す。 (^。^/)ウフッ
1万8千人入ってあれならいつ行っても自分の庭みたいなものです。
ちなみに、ウチの家族は通し券を買ったので何時でも入場料なしに散歩の途中に寄る予定です。
他に、そんな人いませんか?  ご意見募集!

キレイなお姉さんの「花緑アテンダント」と人生経験豊富なボランテアガイド「まいどさん」が、無料! 
なんと無料で案内してくれました。 (みどり博開催の間だけのサービスでした。)

これはグットなシステムです。 誰だ「それなら若いオネイチャンがいい」なんて言うヤツは。
何も考えないで城址公園に行ってもダイジョウブ。楽しく案内してくれました。 
東京テレビの「なんでも鑑定団」の収録があったので中島誠之助にも会っちゃいました。(関係ないヵ)

のぶチャンは、「まいどさん」のガイドで石垣の歴史を中心に勉強してきました。  (・・?) エッ  嘘じゃないよ。

のぶチャンの友人で蟲掬張織ぅ襪竜掬塚祇気気鵑この工事に参加されていました。
亀田さん、後のレポートは、('-'*)ヨロシク♪  d(^-^)ネ!


鶴の丸広場から菱櫓・五十間長屋を望む
この庭はキレイでした。壊すのが惜しい!!
五十間長屋の窓から橋爪門を見る
手前が鉛瓦・海鼠塀もはっきりと見える
堀にせり出した出窓から石を落として
侵入者を撃退する仕組みだったとか。
ライトアップされた菱櫓
死角が出ないようにとひし形の櫓だった。

■レポート 亀田さん編
蟲掬張織ぅ襦ゝ掬塚祇気任后です。
私が亀田です。



全国都市緑化フェア「ゆめみどりいしかわ2001」のメイン会場の金沢城址公園のみどころついて、僭越ながらご報告させていただきます。
もう見られている方もおいでかもしれませんね。

    「金沢城・復元工事」

ここのメインといえば、各メディアでも盛んに報道されていました金沢城復元工事です。
私は石川県タイル煉瓦事業協同組合から
職方・職長として復元工事一期・二期・三期のすべてに携わらせていただきました。
とはいいましても正味二ヶ月にも満たない期間ですが。

海鼠塀(なまこべい)

具体的な仕事は「海鼠塀平板貼り(なまこべいへいばんばり)」です。
この海鼠塀というのは、

     口口口口口
    口口口口口口
     口口口口口
    口口口口口口

このような意匠を施した塀のことです。
口は実際には黒くいぶした焼き物です。瓦といっていいでしょう。
この周りに漆喰を半円上に盛り上げて塗って仕上げます。 私はこの平板瓦を貼っていたというわけです。

さてこの城址公園のみどころはやはりこの城本体でしょう。なんといっても日本最大の新築木造建造物です。
歴史的構造物の修理・改修工事は各地で行われていますが、この規模の新築はあまり例がないようです。
そのためこの種の工事に携わる人の間ではかなり話題になっているようです。
とはいうものの肝心なものがありません。城には付き物の天守閣があるべき本丸がないのです。
では何を復元したのでしょう?

菱櫓(ひしやぐら)    一期工事
五十間長屋        一期工事・二期工事
続櫓(つづきやぐら)   二期工事
橋爪一の門        三期工事

大まかに言うとこれら4つの構造物です。

石川門から城址公園にはいると、全盛期の城郭模型と現在の模型が並んで展示してあります。
これらを見比べてみてください。なるほど、加賀百万石とはこれらを維持できる格式を言うのだと実感できます。
私なぞは思わず「復元って、この規模の中のたったこれだけ?」といってしまいました。
この広い城郭内でいまも昔の姿をかろうじて残していたのは、
わずか三十間長屋と石川門くらいのものと聞くと、いやはやもったいないものですなあ。

さて、なぜ本丸がないのか?

いや、本丸跡はあるのですが、天守の正確な位置・形状はまったくわからなかったのです。
最近天守らしき絵図が発見されたというニュースも流れましたが、
逆に復元されたこの4つの構造物は明治初頭まで残っていて、写 真や資料が比較的残っていたということなのでしょう。

先日、三期工事に携わった方々と再びお会いする機会があったのですが、そこでいろいろと興味深い話を聞くことができました。
金沢城は何度も火事に見舞われていますが、3度の大火でその都度城内の建物は焼失したそうです。

今回の復元のポイントはどの時点のものなのか?

利家公が七尾から尾山御坊へ入城した当時は佐々成政との抗争があり、とてもその余裕はない。
城郭としての完成は5代綱紀の時代だろうが、
これだけのきれいな仕上げは実は明治まであとわずか60年というころにおきた火災の後だろうということでした。
ということは200年さかのぼるかのぼらないかという時代がこの復元の対象としては妥当だろうということでした。

実はこの復元工事の仕上げはきれい過ぎるという意見もあります。
建築用の道具の発明・変革の歴史とも関わるのですが、木材の表面 をきれいに仕上げる「カンナ」という道具があります。
江戸時代に普及したようですが、これがどこまで一般的に普及したかの解釈によって建物の状態がまた変わります。
荒削りした後の材木の仕上げの度合い。これは図面には出てこないので、解釈の難しいところです。

ちなみに今の石川門は再建後214年経っています。復元された建物も多くはこれを参考に施工されているようです。
それでもいろいろと違いはあるようなので見比べて見るのも面白いですね。

また、私の関わった平板貼りについてもまったくの伝統的工法で施工されているわけではありません。
復元金沢城の海鼠塀がどのようにして貼ってあるのかわかるように五十間長屋内にかなり小ぶりなものですが、模型が据え付けられています。
実物大の壁面の模型もあったのですが、公園内整備により撤去されたようです。
これでどう貼ってあるのかわかります。機会があればぜひこの模型を探して見てきてください。
昔はどのようにして貼り付けていたのかな?
ちょっと想像してみて下さい。

現代工法と伝統工法の絶妙なバランス

かなり大げさな物言いですが、実はこの一個の小さな模型の中に伝統的工法を用いた建造物の改修や新築が現代日本に行われ登場する事の大いなる問題点が秘められています。

建築基準法・消防法等、建造物は住民の安全とその財産を守るため、細かい規定が定められています。
しかしそれは必ずしも伝統的工法と建造物を念頭においたものではありません。

また、構造体である木同士をつなぎ合わせるにも、
まったくの木組みか、ほぞにかすがい、くぎ・ビス・ボルト・接着云々。いろいろありますね。

城郭復元というからには現代の工法の産物をすべて排除しなければならないのか?
そうなると法規に触れる事態にもなりかねないそうです。

聞いた話ではあるところで城郭の復元工事が行われているのですが、
付近は宅地化の波で城郭エリア内に民家が建っているそうです。
立ち退きという問題もあるそうです。

逆に金沢城は明治期に軍が駐屯しかなりの建造物を取り壊してしまいました。残ったものも火災で焼失してしまいました。

現在改修が進んでいるある歴史建造物の現場では、
現在残っている明治期の大改修のデザインを踏襲するか? 
あくまでも創建当時の姿にこだわるか? という問題もあるそうです。

この種の工事に携わってる方は多かれ少なかれこれらの問題とぶつかっています。
そして復元された金沢城はこの問題を現代工法と伝統工法の絶妙なバランスでくみ上げたものといってもいいでしょう。

百万石のシンボルとは、

言葉だけでしかなかった「加賀百万石」のシンボルが、目に見えてすぐそこにあります。
県内の大勢の職人がこの仕事に携わりました。
実は本当のみどころはここなんです。もし今後こういう機会があったら皆さん、ぜひ現場へ足を運んでください。

職人の後ろに立ってどんな仕事をしているのか見てください!
  (え〜と職人のハシクレの私としては、そんな風に見られるとイヤ〜ンな感じですが)。
大工さん、左官屋さん、石屋さん、板金屋さん、等々。

私はこれ幸いとばかりあっちこっちのぞいて来ました。いや楽しかったですよ。
こんなのを見させてもらってお給金をいただくのは申し訳ないくらい。
実ははじめはいやいや行ってたんですけどもね。弱った事もありましたけれど。

おかげで古建築物というものに非常に興味が湧いてきました。
調べてみると日本各地で城郭や歴史的建造物の改修が行われています。
今大きなところでは熊本城の第一期工事はもう終わったのかな?
唐招提寺もいまやってますね。ここもぜひいってみたいところです。

環境問題

さてこの金沢城ですが、さまざまな材料が使われています。
木はもちろん、石材に壁土。屋根は鉛瓦、石落し等に銅版をまき、壁には漆喰とともにいぶし瓦。
実は色の経年変化の大きい材料が多用されています。

いまは黒く鈍く光る鉛もそのうち白くなるでしょう。石川門の屋根瓦がそうですね。

銅版はまきつけた直後の銅(アカガネ)色から、今は一変して黒茶色をしています。
銅は青く錆びていきますが、これを緑青といいます。
そのうち緑青の花をさかせるでしょうか?
実は酸性雨の影響できれいな緑青が出にくい状況にあると聞きました。
環境問題はこんなところにもリンクしてるんですねえ。

いぶし瓦もいまはただの黒い板です。鉄分を多く含むこの瓦もしだいに錆びていろんな表情を出すでしょう。
現存する三十間長屋や石川門の海鼠塀を見てください。
特に三十間長屋の裏の壁の一部は昭和40年代に改修されて平板瓦も張り替えられています。
色の変化が明らかにわかります。

それぞれの材が色んな顔を見せ始めるには何年くらいかかるでしょうか?
「100年後の国宝を目指す」というのが城址復元の合言葉だったのですが、きれいに色変わりしていただきたいものですね。

見所は、職人の誇り

さてそんな金沢城を一望できるいい場所があります。
城址公園内ですが、橋爪門をくぐって鶴丸倉庫脇の坂道を上がると、丑寅櫓跡があります。
ここは多分城址公園内で最も高台にあたるのではないでしょうか。
百間堀をはさんで兼六園内も垣間見ることができます。ぜひまわられてみてはいかがでしょうか。

散策ついでにあちこちに残る石垣を眺めてみてください。石の積み方に統一性がありません。
それだけいろんな時代にわたって石垣が積まれていたということのようです。
菱櫓の真下の最下層はかなり古い時代のもののようです。

ちなみに一番スカスカで、やんちゃな積み方をしているところは明治の軍のいた時代の改修だそうです。
さてどこでしょうか?

さあ石垣を眺めるのもいいですが、その隙間には結構ヘビがいるそうです。
現場でヘビに遭遇した私の仲間はかなり弱っていました。
あと夕方にはかなりの量のカラスの大群が城址公園をねぐらに帰ってきます。
私は平成12年の9月半ばからここへきてたのですが、当時は恐怖感さえ覚えるものでした。
最近の新聞にも出てましたが、なかなか対処が難しいようですね。


見所というよりなにやら取り留めのない話になってしまいました。

また内部の仕上げ造作も期間的にはダブらなかったので、見れませんでした。
ぜひ建具屋さんの仕事を見せてもらいたかったのですが...。

とにかく一度足を運んでみてください。
そして比較的公共の交通機関の便のいいところですから気軽に行けると思います。
そして職人たちの手の息吹を感じてみてください。
何分何厘という細部にこだわった職人たちの誇りの固まりです。


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最終更新日 2001/09/16


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